下顎前突、受け口、反対咬合などは同じ不正咬合を意味する言葉です。正式には下顎前突となります。上顎前歯部が下顎前歯部の内側にあります。反対咬合です。下顎前突の言葉としての意味は下顎骨が前突している事になりますが、実際には上顎骨の劣成長によるものも多くあります。下顎前突=外科手術という事はありません。私が感じるには、日本では八重歯や出っ歯(上顎前突)に寛容なところがあります。しかし、受け口(反対咬合、下顎前突)には厳しいところがあります。ここで詳しく解説していきます。
不正咬合の原因は骨に問題がある場合、歯に問題のある場合、そして機能に問題がある場合があります。実際にはこの複合型という患者様が多くいます。
下顎前突症の治療
上下顎骨の成長・発育
上顎骨の成長
上顎骨の成長は脳の成長と密接な関係があります。脳が成長すると脳を収容している頭蓋冠、頭蓋底が同じ時期に成長します。そしてその下に連なっているのが上顎骨複合体です。上顎骨はいくつかの小さな骨で構成されています。そこで上顎骨複合体と呼ばれます。上顎骨はその骨の表面と他の骨との縫合部で成長します。ここで問題になるのはいつ頃が成長期か?という事です。
上顎骨の成長時期
上顎骨は頭の成長時期に影響を受けます。頭は10歳頃には成人とほぼ同じぐらいまで成長します。そこでその時期が上顎骨の成長のピークと考えられています。この時期から少し遅れて上顎骨の前方成長は止まります。もちろん少しずつは変化します。さらに個人差はあります。現在の医学をもってしても成長の予測は不可能です。そこでこの時期に上顎骨の成長しやすい環境をつくってあげる。あるいは積極的に上顎骨の成長を促進させてあげる必要があります。
上顎骨を成長させるための環境づくり
まずお子様が反対咬合だと気づかれたら、なるべく早く矯正専門歯科医院へ相談に行きましょう。反対咬合はなるべく早く改善しておく必要があります。反対になっていると上顎骨の前方への成長を阻害する可能性があるからです。治療開始時期として7歳がベストだと考えています。この時期は上下前歯がはえかわっています。そして患者様自身も矯正治療に耐えられる年齢です。それ以前ですと、治療椅子に座っていられない。装置が使えないなどの問題があります。
下顎骨の成長
下顎骨の成長は思春期に身長が伸びる時期に起きます。これは13歳~15歳ぐらいの時期です。特に男子は高校卒業するまで注意が必要です。骨表面での骨化と下顎頭軟骨での軟骨性成長が特徴です。
ここで上顎骨と下顎骨は旺盛に成長する時期が違う。上顎は10歳、下顎は13歳からだという事を記憶しておいてください。従って反対咬合は早めに改善しておかないと上顎骨の成長を下顎骨が抑えてしまう事になります。
若年者の下顎前突の矯正治療
精密検査を受けてください。精密検査の結果、この歯並びを作っている原因が何か?という事がわかります。
機能性反対咬合(下顎前突)
機能性という言葉から何を連想しますか?食べる事、話す事などでしょうか?実は機能性不正咬合というのはその機能とは違います。歯が噛み合う直前に何らかの障害があって歯が本来の位置で噛めずに前方に誘導される。前方にずれる事を言います。機能性反対咬合はもともとは反対咬合ではない不正咬合です。
図にしてみました。本来は緑色の線のような経路で噛み合うはずでした。しかし、上の前歯が邪魔をして下の顎を前に出して反対咬合にして噛んでいます。
左が本来の噛む位置です。噛みこんでいくと反対になってしまいます。これが機能性反対咬合です。では治療法を以下に示します。
・前歯の傾斜角度が原因の場合
上顎前歯が内側(裏側)傾斜して起きている場合
もっともよく使用される装置はリンガルアーチ(裏側弧線装置:ぜっそくこせんそうち)です。この装置は第一大臼歯(6歳臼歯)にバンドという金属の輪を装着し、そこから出たワイヤーに弾線(スプリング)をつけて上顎前歯を前に押し出す事によって反対に噛んでいる状態を改善します。
実際の治療例をお見せします。
この患者様は前歯部の反対咬合で来院されました。9歳の男子です。
前歯と第一大臼歯(6歳臼歯、前から6番目の歯)は永久歯ですが、黄色の枠で囲った部分は乳歯です。以前は“矯正治療は永久歯になってから”と思われていた患者様がいました。そのために手遅れになる症例が多くありました。こうした乳歯の残っている間に治療は開始しなければなりません。まずは前歯の反対咬合を治療します。そこでこの患者様には上記リンガルアーチよりももっと強力な装置を使用しました。
顎間固定装置(ラビオリンガルアーチ)
顎間固定装置(ラビオリンガルアーチ)です。上の歯の裏側(裏側)にはリンガルアーチが装着されていて上顎前歯を前に押し出します。下顎前歯は表側からゴムをかけて内側に傾斜させます。その結果、前歯の反対咬合が早期に解決しました。
乳歯が抜けて歯が生え替わってきました。前歯が反対に噛んでいたのが治りました。これからは歯の生え替わりと骨格の成長を観察して、すべてが永久歯になったタイミングで上下顎の骨の位置を確認してブラケットによる最終的な治療に移行していきます。
思春期に身長が伸びる時期に下顎骨も成長します。この時期が重要です。注意しないと下顎骨の成長によって再び反対咬合になる事もあるからです。
上顎骨前方牽引装置
上顎骨前方牽引装置には2種類あります
上顎骨は10歳頃に前方に成長するピークが来ます。重要な事は上下の顎骨の成長時期は違うという事です。上顎骨は下顎骨よりも早く成長期が来て、終わります。従って10歳ぐらいまでの間に上顎骨前方牽引装置は効果があります。上顎骨が前方に成長します。夜間のみ使用となります。
上顎骨前方牽引装置(ホルンタイプ)
この装置はホルンタイプと言います。上顎骨を前方に牽引しながら下顎骨も後方に牽引しています。下顎骨の成長抑制と上顎骨の成長促進と両方できます。このピンク色の顎あては顎の形に合わせてそれぞれの患者様に合わせて制作した物です。効果があるので、私はこの装置をよく使用します。
上顎骨前方牽引装置(フェイシャルマスクタイプ)
このタイプはフェイシャルマスクタイプと言います。上顎骨の前方への牽引だけができます。下顎骨への作用はありません。従って上顎骨の劣成長による骨格性下顎前突症に使用します。
これ以外にはもっともシンプルなチンキャップ(オトガイ帽装置)があります。下顎骨の成長抑制を目的に使用します。下顎骨の成長、前方位が原因の骨格性下顎前突症に使用します。
チンキャップ(オトガイ帽装置)
この装置は15歳ぐらいまで使用する事があります。下顎骨の成長時期に使用します。
成長がいつ終わるか?というのは今の医学では予想は不可能です。患者様のご両親の身長、歯の生え変わりなどを考慮して予測していきます。また1年に1度程度必要があれば横顔のレントゲン写真セファログラム(横顔)を撮影し、上顎骨、下顎骨の成長量を確認します。前回の撮影したレントゲン写真と比較して変化がなければ、歯を排列するためにブラケットを装着した矯正治療へと移行していきます。あとは私たちの治療経験です。
骨格性下顎前突症の治療に用いられる装置を記載してきました。リンガルアーチ(裏側弧線装置)などは広く使用されています。この項では下顎前突の治療について徐々に追加していきます。
成人の下顎前突症(反対咬合)の矯正治療
上下顎骨の成長発育が終わった時点でブラケットを使用した矯正治療へと移行してきます。成人の下顎前突の矯正治療について記載していきます。
初めて来られた患者様の質問に“手術をしなければ治らないと言われた”と言ったものが多いです。下顎前突だから外科手術をしなければならないという事はありません。矯正だけで治療が可能な場合の方が圧倒的に多いです。
矯正治療だけで治療した骨格性下顎前突の患者様
3軒ほど矯正専門歯科医院のカウンセリングを受けられたそうです。そのすべての歯科医院で外科手術が必要だと言われました。しかし、私からすると“え、そうですか?外科手術したいですか?”と逆にお聞きしました。外科矯正の症例ではありません。反対咬合イコール外科手術と矯正歯科医も思っているのでしょか?確かに外科手術と矯正治療だけというのにはボーダーライン上の症例というのもあります。しかし、この患者様は矯正治療だけで十分です。
少し下顎骨が上顎骨よりも前方に位置していますが、外科手術(外科矯正)の適応症ではありません。実際には下顎の第一小臼歯だけを抜歯させてもらってリンガルブラケットで治療しました。
もう少しで装置が外す事ができます。上下リンガルブラケットが装着されています。アンカースクリュウなどの不要な装置は使用していません。
噛み合わせも横顔も改善しました。御本人も大変満足してくれました。
アイ矯正歯科クリニックのリンガルブラケットを用いた治療を行った成人下顎前突の論文と治療例
Fukui T, Tsuruta M. Invisible treatment of a Class III female adult patient with severe crowding and cross-bite. J Orthod. 2002; 29(4): 267-275.
治療例No.168 骨格的には反対咬合の傾向のある叢生(でこぼこ)
治療例No.118 反対咬合(受け口、下顎前突)非抜歯で治療
外科矯正治療(外科手術を併用した矯正治療)
上下の顎骨の前後関係に差が大きい場合はこれは手術の併用をお勧めしています。年齢は18歳以降がその適応になります。18歳になれば上下の顎骨の成長もも落ちつきます。それほど大きな成長はありません。手術した後に成長したのでは後戻りした事になってしまいます。もちろん横顔も大きく変化するので、ご本人の希望も聞いた上での決定となります。治療の順序としては以下の4つの段階にわかれます。
1.手術前の矯正治療:アイ矯正ではリンガルブラケット(フジタメソッド)を使用して装置が見えないように治療していきます。
2.口腔外科医による手術:口腔外科医とは矯正治療に入る前の段階で、どんな手術を行うか?骨の移動量をどのくらいにするか?など密接に連絡を取ります。これは治療の成功には重要な事です。現在は上顎骨、下顎骨ともに手術を行う事がほとんどです。
3.手術後の矯正治療:手術後に噛めるように歯は排列しておきます。しかし、最初の状態ですべてが排列できるわけではありません。そこで手術が終わり顎骨の位置が決まってから緊密な咬合、微調整のための矯正治療をおこないます。
4.保定:通常の矯正治療と同じように保定は必要になります。
上記のような過程を経て治療を行っていきます。では手術後が終わった3段階目の状態を見て頂きます。
お顔立ちも改善しました。
赤い部分が手術による変化を示しています。外科症例もアイ矯正ではリンガルブラケットを使用して治療しています。これだけの変化があれば手術を受ける価値があると言えるかもしれません。
外科矯正をおこなった論文と下顎前突の治療例
Fukui T, et.al. Multilingual bracket treatment combined with orthognathic surgery in a skeletal class III patient with facial asymmetry. Am J Orthod Dentofacial Orthop. 1999; 115(6): 654-659